糖鎖と間質性肺炎の関係とは?
糖鎖とは、細胞の膜表面に生えているアンテナのようなものです。
細胞はこの糖鎖(アンテナ)を使って、周りからの様々な情報を得て活動しています。
たとえばウイルスが体内に侵入し、細胞の糖鎖に触れたら、細胞たちは「これは体に悪いものだ!」と判断して、情報伝達を行い、攻撃や守りの準備を行います。
また、仲間の細胞とのコミュニケーションでは、糖鎖を使ってお互いの情報をやり取りして、病気になる前に未然に防いだり、知り得た情報を他の細胞に伝達するなど、連携し合っています。
言わば細胞同士のコミュニケーションツール(会話)であり、私たちの健康にも深く関わっています。
糖鎖は、1963年に「神経細胞間のコミュニケーションの発見」という研究がノーベル医学賞を受賞したことで、世界的に注目を集めました。
以降、現在までに糖鎖関連の研究で計10件のノーベル賞(医学賞9件・化学賞1件)が受賞されています。
まだ新しい分野だけに、今後のさらなる発展が期待されているのが現状です。
間質性肺炎に対する新たな研究成果
2024年9月、そんな糖鎖に関係するある学会発表が行われました。徳島大学の宇都義弘教授が主導した「リポソーム化糖混合物による間質性肺炎の炎症抑制効果」という発表です。
間質性肺炎という病名に聞き馴染みがない方もいるかも知れません。その名の通り肺炎のひとつですが、年々その患者数が増えている怖い病気です。この病気による年間死者数は2021年に2万人を超え、2022年の統計では死因ランキングで11位に浮上しています。
宇都教授のチームの研究成果は、ある処理をした糖鎖が、この間質性肺炎に高い効果を発揮した、というものでした。
そもそも間質性肺炎とは
肺は、大きく2つの部位で構成されています。肺胞と間質です。肺胞は風船のような組織で、呼吸に合わせて膨らんだり縮んだりします。間質は、その肺胞を包み保護する、緩衝材のような組織です。
一般的な肺炎は、肺胞が細菌やウイルスに感染することで引き起こされます。免疫細胞の過剰な攻撃によって正常な細胞までダメージを受け、肺胞内に水が貯まるなどして酸素をうまく取り込めなくなるのが主な症状です。
一方、間質性肺炎は、主に間質で起こる肺炎です。原因はさまざまですが、慢性化することが多く、繰り返される炎症で肺胞の壁が厚く、硬くなってしまいます。細菌やウイルスによる炎症とは別の理由で、酸素をうまく取り込めなくなります。
治りづらい厄介な病気
間質性肺炎は、間質で起こる炎症の総称です。呼吸器学会による分類では、その原因は「異物の吸引」、「免疫細胞の異常」、「治療の副作用」、「感染症」、「その他」の大きく5つに分けられています。
原因によって対処法が全く違うため、まずは詳しい検査によって根本原因を特定することが重要です。
ただ、間質性肺炎の約半数は、原因をはっきり特定できない、という統計があります。これらは特発性間質性肺炎と呼ばれ、厚生労働省による指定難病に分類されています。症状が条件に合致すれば、医療費助成を受けることも可能です。
近年の研究では、特発性間質性肺炎の患者は10万人あたり100人程度とされています。ただ年々増加しており、治療法の確立が急がれています。
肺が繊維化するメカニズム
原因こそさまざまですが、肺が炎症を起こすメカニズムは、大きく2つのパターンに分けられます。組織が直接傷つけられるケースと、免疫細胞によって正常な細胞が攻撃されてしまうケースです。
いずれの場合も、傷ついた組織が修復される過程で、それまでの柔らかい組織が硬い組織に少しずつ置き換わっていきます。このように、組織が硬くなり、動きが悪くなってしまうことを繊維化と呼びます。現代の医学では、一度繊維化してしまった組織を元に戻す方法はありません。
早期発見・早期治療は大前提として、まず炎症による繊維化を抑えることが、間質性肺炎の進行を遅らせる現時点で最も有効な方法と言えます。
糖鎖により肺の炎症を抑える実験
国立大学の宇都教授が主導した研究の成果は、糖鎖によって間質性肺炎のマウスの肺の炎症が抑えられた、というものです。
同研究チームは、間質性肺炎のマウスを用意し、それぞれを通常の糖鎖を投与したグループ、リポソーム化という特殊な処理を施した糖鎖を投与したグループ、何も投与しないグループに分けて経過を見守りました。
その結果、糖鎖を投与したグループの肺細胞で、炎症が抑制されていることがわかりました。特にリポソーム化糖鎖を投与したグループでは、細胞の写真を見れば知識がなくてもわかるほどの明らかな変化が起きています。
上は、右から順に正常な細胞、中央上が繊維化を促した細胞、右上が繊維化を促した上で抗炎症作用を持つ薬剤を投与した細胞の写真です。繊維化を促しただけの細胞は、白い部分が減り、赤い部分が大幅に増えています。これが繊維化の進んだ状態です。
下の3つの画像は、リポソーム化した糖鎖を投与したグループです。投与量の多い一番右の細胞の見た目が、ほとんど正常な細胞と変わらないことがわかるかと思います。
この結果によって、間質性肺炎に対するリポソーム化糖鎖の有効性が示唆されました。
リポソーム化糖鎖の炎症抑制効果
肺炎が起こるとき、2つの細胞の働きがせめぎ合います。1つは、免疫を活性化し、異物を攻撃する細胞。もう1つは、免疫を抑え、傷ついた細胞を修復する(その過程で繊維化を促す)細胞です。いわば、免疫のアクセルとブレーキですね。
肺の状態に合わせて、この2つのバランスを上手にコントロールすることが、肺炎の治療の重要課題とされています。
先の写真とは別の化学的な分析により、リポソーム化糖鎖が「免疫のブレーキに当たる細胞」を「アクセルに当たる細胞」に変換する作用を持つことが確かめられました。
具体的には、肺の繊維化が活発なほど増えるヒドロキシプロリンというアミノ酸の量が、明らかに少ないことが確認されました。
この作用が、間質性肺炎のような慢性的な炎症の抑制に有効であろうと考えられています。
「リポソーム化」とは
通常の糖鎖にも、先の慢性的な炎症を抑える作用が期待できます。ただ今回の実験では、リポソーム化という処理をした糖鎖で特に高い効果が確認されました。
リポソーム化とは、栄養や薬の成分を細胞が吸収しやすいような形にすることです。体の中の届いて欲しいところに届きやすいよう、細胞と同じサイズのものすごく小さいカプセルに入れるイメージです。
なお、この実験で投与された糖鎖は、以下の糖を混ぜたものです。
これら8種類は、人の細胞の糖鎖を形づくるために使われています。肺炎の症状によって、いずれかの糖の重要度が増すと考えられていますが、基本的にはこの8種類の相互作用が欠かせません
現段階の成果と今後の展望
どのような病気でも言えることですが、治療の難しい間質性肺炎は、特に自助努力が大切です。具体的には、充分な栄養・休養・水分の補給といった健康習慣を長く続けることです。
そのうえで、リポソーム糖鎖を積極的に継続摂取すれば、慢性的な炎症の抑制効果が期待できます。
今回の実験では、間質性肺炎に対するリポソーム糖鎖の有効性が確認されました。肺の組織自体に効果がみられたため、宇都教授は今後ほかの肺炎に対する効果、さらには、健康長寿につながる幅広い効果に関しても研究を行っていくそうです。
主な参考資料
[間質性肺炎への有効性が期待され注目を集めている「糖鎖」―最新の糖鎖研究に関するメディア発表会レポート | ガジェット通信 GetNews](https://getnews.jp/archives/3572307)
[【会員限定】リポソーム化糖鎖による間質性肺炎の炎症抑制効果 | 糖鎖情報館](https://tosa-lab.com/movie_member_loposomal005/)
[【会員限定】No.3 糖鎖栄養素の必要性とリポソーム、非リポソームの有効性評価 | 糖鎖情報館](https://tosa-lab.com/movie_member_loposomal003/)
[特発性間質性肺炎(指定難病85) – 難病情報センター](https://www.nanbyou.or.jp/entry/156)
[間質性肺炎|千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学](https://www.m.chiba-u.ac.jp/dept/respir/sinryo/ip/)